中国の思想 論語 ★★★☆☆

ライフハック
孔子は仁を説き、孟子は義を説いた。レッドクリフ2の諸葛亮孔明のセリフです。孔子や孟子の教えは儒教の道徳と考えられがちですが、仁義の教えは兵家にも影響を与えています。軍隊を指揮したり、戦争の決断、外交などの政治的局面においても儒家の教えは根幹となっています。仁義に背いた戦争や外交は信頼を失います。一事が万事で信頼を得られないというのは、仲間の結束を乱し、弱体化の一因になります。そのため、軍の統率においても、政治においても、仁義の教えはかなり色濃く影響を与えていると見ることができます。

そこで論語や孟子に興味を持って、今回論語の書き下し文と現代語訳を丁寧に音読してみました。孔子という人は、本当に何事においても礼儀を重んじる人だったというのは分かりました。古代の礼儀のしきたりを熱心に勉強し、何事においても礼を中心として物事の良し悪しを判断していたようです。また、人柄においては寛容さ、誠実さを感じることができます。論語には、孔子がとても誠実な人間であったようにまとめられています。ろうあの人に丁寧に状況を説明してあげて、真心を持って接した様子などが描かれており、親しみを覚えました。

孔子は諸侯に仕官したこともあったようですが、春秋戦国時代の諸侯は自分の国を大きくし、中国全土を統一することを目指していましたので、礼に背くからという理由でいちいち戦争に反対されるのは鬱陶しかったのかもしれません。孔子は悪政を行う者を諌め、善政を行う者を助け、また昔からの関係性にも重きを置き、かつてから深い交流関係のある国に戦争を仕掛けることには反対しました。諸侯は、勝ちやすきに勝つ姿勢で戦争を行いますから、孔子のこういう価値観は邪魔になったのかもしれません。

しかし、兵家の教えは必ずしも孔子のこのような考え方とは対立しません。兵家の、勝てる相手を選んで確実に勝ち進むということは有名ですが、そもそも兵家は道天地将法の五事と、君主、将軍、天地、法令、兵隊、兵士、賞罰の七計で彼我の状況を比較検討し、それから戦争を起こすと説いています。君主が道をわきまえているか、法令は守られているか、将軍は立派か、軍隊はよく訓練され、兵士は勇敢か、信賞必罰は行われているかという点から国のまとまりを判断すること。孔子はおおまかに仁が行われているかどうかを考えて、その比較検討を行えるリストを作りませんでしたが、兵家は孔子や孟子の説いた仁義をさらに深く分析しました。どこを見れば、その国は仁義が行われ、道を守り、人々の結束が固いかが分かるかをリストアップしたのです。仁義の根本は同じでも、孔子は礼儀全体を重んじていたのに対し、孫子は人々の結束や団結という戦争に重要なところだけを見ていたのです。道を守る人たちの集まりは当然結束がありますから強いです。烏合の衆とは違う。孔子の説いた仁を参考に、孫子はより実用的な分析をしたと言えます。

武経七書を読んでいると、仁義という言葉は頻繁に出てきます。確か武経七書の中の三略だったと思うのですが、孟子と同じ事を書いている部分もあったように記憶しています。天の時は地の利のしかず、地の利は人の和にしかずというのは、当時有名だったのでしょう。人の団結や結束力というものは儒家の教えなしにはあり得ません。儒家は人の社会がより円滑に進む道を模索していましたし、その中で仁義の大切さに気付いたので、軍隊の結束、国の結束を考えた兵家と、アプローチの仕方こそ違いますが、同じものを見ていたと言っていいでしょう。

しかし、論語を読む限りだと孔子は政治家というよりも、むしろ教育係といった印象を受けました。彼には国益という実利的な考え方が抜け落ちていました。国の使者にはなれたかもしれませんが、全体的に礼儀と道を重視し過ぎて、経済感覚が抜け落ちています。展開を有利に運ぶための戦略というものは無縁だったのでしょう。そこがちょっと刺激に欠ける点でもありました。
 
1つ星 (まだ評価がありません)
読み込み中...

コメント

タイトルとURLをコピーしました