中国の思想 孫子・呉子 ★★★★★

書評
BS放送で大河ドラマ・風林火山の再放送をしているとき、この本とめぐりあった。この本は武経七書といわれる中国古典文学7冊と近年になって発見された孫賓兵法を掲載している。最初に武経七書の概略と歴史背景をふまえた解説があり、孫子の兵法と呉子は全編、残りの尉繚子、六韜、三略、司馬法、李衛公問対、孫賓兵法は有名なカ所の抜粋という形になっている。孫子の兵法では戦争を国家の重大事と位置づけ、戦う際のリスク回避の徹底、そして1番良いのは戦わずして目的を達することだということが強調される。呉子では戦争には義が必要なことが強調される。そのほかの5編では仁義を重んじることも大切であるとする。そして近年発見された孫賓兵法では歴史の流れに削られていない生々しい当時の資料をかいま見ることができる。

この本の1番良い点は、書き下し文がとても読みやすいことだ。岩波文庫や講談社学術文庫では書き下し文に不要な漢字表記が多数あるが、この本は極力漢字を排し、平仮名で表記されている。漢文になじみのない人や小難しい本は遠慮したいという人には、徳間文庫の中国の思想・孫子・呉子がお勧めだ。比較的読みやすい本なので、漢文を学び始めた中学生や高校生でも読めるように書かれているところがとても良い。最初に解説と翻訳を読み、何度も書き下し文を音読すれば、漢文の学習にとても役立つ1冊になるだろう。この本で武経七書をしっかり学び、それぞれの兵書について書かれた新書を読み込めば、学校では学べない漢文の魅力にとりつかれること、間違いなしである。

以下で私が印象に残っているところを4カ所ぐらいあげてみたい。まず、孫子の兵法では、兵は国の大事なりの有名な一節だ。孫子は、戦争には目的がなければならず、仮に戦争に勝っても目的を達成できなければなんの意味もないとする。目的を達成するためには、まず戦わずして達成するのがもっともよく、戦わざるをえないときもリスク回避を徹底することを教える。激戦の末勝つのは良くないこと。勝ちやすい状況を作り、簡単に勝ち所期の目的を達成することが良いとする。孫子は政治的な目的を達成する手段として戦争を考え、大事なのは所期の政治目的を達成することであり、戦争に勝つことではないという考え方をしていたのだろう。私が若いときは何事も勝つことが大切だと思っていたが、今なら孫子の教えが良く分かる。

呉子では国家をおさめ、兵を動かすには仁義礼が大切なことを説く。君主が兵士に礼を尽くさなければ、戦争のときも兵は期待するような働きをしないという点を強調する。そして、兵も人間である以上、戦うために正義が必要なことも述べられている。勝ちをむさぼり、戦いを繰り返すような君主では、その国は必ず滅びさるだろう。まず和して、しかる後に大事をなす。正と奇の組み合わせで勝ちを収めた孫子に比べて、呉子はとても堅実な政治家の印象を受ける。国家を収めるにも、戦争に勝つにも、大切なのは仁義礼であるとした呉子の教えは、私にとって、とても新鮮だった。

尉繚子では、命令はやたらに変更するなという教えが新鮮だった。最近孫子ブームで、流動的システムや組織の構築こそが激動する現代を生き抜くすべであるという動きがある。職場で仕事の指示が二転三転することもめずらしくなくなった。だが、これらの動きは武経七書の教えを取り違えているといえる。大切なのは戦略面で敵にさとられないような臨機応変な対応をすることで、決して組織そのものや命令がころころ変わることではない。特に春秋戦国時代に生まれたこれらの兵法では、農民を兵士として使っていた。農民はプロフェッショナルの軍人ではない。将軍の命令が二転三転すれば二心を抱くというのも当然の結果だった。そこで大切なのは、命令は分かりやすいことが1番であり、それは二転三転してはならないということだ。分かりやすい一貫した命令こそが、兵を戦場で迷いなく戦わせるポイントだった。

同じく尉繚子で、「兵は凶器なり、争いは逆徳なり。・・・。故にやむを得ずしてこれを用う」、「天の時は地の利にしかず、地の利は人の和にしかず」という一節がある。軍略の奥義は、戦略や戦術を論じるだけではない。春秋戦国時代の兵家は一軍人であると同時に政治家でもあった。戦争は自国がしっかり収まっていて、初めて成しうる大事である。自国すら収められない主君では、戦争で天下を平定することもできないだろう。軍略の奥義に「争いは逆徳なり」と記されていることはとても印象的だった。平時から徳を収め、民心を集めてこそ、いざというときの争いにも勝てる。これはとても大切なことだ。

今回、武経七書を通して学んだことは、争いを論じた軍略の奥義を修めるには高い徳が必要だということだった。逆徳の人は必ず自滅する。天の時も地の利も人の和にはおよばない。日頃から人と和することの大切さを武経七書から教わった。これらの兵法を学び始めた当初には予想もつかなかった結論を得ることになった。私は争いの絶えない人生に嫌気が差して軍略を学び始めたが、大切なことはどこの世界でも同じだった。人と和することが万が一の争いにも勝つ秘訣なのだ。これを読み終えると同時に徳間文庫の論語も注文したので、次は論語を読んで仁の世界も学んでみたいと思う。みなさんは、私ほど争いの多い人生ではないだろうと思われるが、この本はとてもよい本なので、ぜひ一読されることをお勧めしたい。
 

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