集中力 ★★★☆☆

書評
プロ棋士の谷川浩二さんの著書『集中力』。私は将棋をしないし、谷川浩二さんについては名前も知らなかったが、勝負師というテーマがよかったのと、この前読んだ羽生善治さんの『決断力』がおもしろかったので読んでみることにした。だが、この本のテーマは集中力ということで、勝負に勝つための集中力というより、誰でも必要とし、日常生活の中で経験する一般的な集中力についてのほうが多く語られている印象を受けた。本当の勝負の中で勝ち残るための究極の集中力というものはあまり語られていない。それよりも、もっとハードルを下げて普遍化した、仕事や勉強で役立つ集中力について語られているので、将棋の好きな一般社会人の人にはおもしろいかもしれないが、究極の勝負を決める集中力を求めると外れという印象を持つことになる。孫子やクラウゼヴィッツに匹敵する究極のバトルフィールドで役立つ知識は残念ながら得られなかったが、それでも印象に残った部分をいくつか挙げてみようと思う。

短い対局では、始まる前から集中力を高める
実は印象に残ったのは、74ページに書かれていたこの見出しだけだ。この見出しに付随する文章は生ぬるかった。しかし、勝負というのは戦い始めてから徐々にペースアップしていくものではなく、始まる前から調子を高めておき、試合開始とともに最初の一手、最高のパフォーマンス、持てるすべての力をぶつけられるようにしておくというのはよくいわれることだ。試合開始とともに自分の全力の技で相手をねじ伏せることに成功すれば、その後、相手が立ち直ってどのような攻めを繰り出そうとしても、すでに最初の一発で気持ちが萎縮してしまうので全力を出すことができなくなってしまう。

子ども向けアニメやマンガ、アクション映画などでは、戦い始めてから徐々にペースを上げていき、バトルのクライマックスに合わせて全力勝負という描かれ方をする。しかし、これはあくまで子ども向け番組の中の話だ。実際の勝負では、そんな生ぬるいことをしていられない。試合開始とともに全力でぶつかり、一番よいのは開始と同時に瞬殺してしまうことだ。テレビ番組なんかでそんな戦いがあったら、きっと全然試合が盛り上がらずに視聴者から文句が出るだろう。だが、本当の勝負は勝つことがすべてであり、試合の盛り上がりなんてまったく関係ない。相手が力を発揮できないうちにねじ伏せることができるとしたら、それほど低リスクで確実な勝ち方はない。

有利な時は相手の選択肢を一つにし、不利な時は選択肢を多くする
将棋はもちろん、オセロゲームやチェスゲームでも、相手が圧倒的に強いと、こちらの指し手が一つしか残らないぐらい追い詰められることがある。これはボードゲームに限らず、究極の攻め方だ。相手から徹底的に選択肢を奪い取り、こちらの意図した場所に誘導し、自分が最も有利に戦え、相手が圧倒的な不利に追い込まれる戦場でバトルを展開する。中国古代から伝わる孫子の兵法でも、「先に戦場に到達し、遅れてくる敵を待ち受ける」とか、迂直の計などで語られる。この本では、それを一般的に分かりやすくするために、「自分が有利な時は相手の選択肢を少なくし、自分が不利な時は相手の選択肢を多くする」と語る。

「先手必勝」の言葉が消える日
チェスやオセロでは、先手の優位性は絶対だ。だが、将棋は後手にとって有効な横歩取り8五飛車という戦法が編み出されるなど、必ずしも後手が圧倒的に不利というわけではないらしい。また、将棋は取った駒が使えることもあり、ゲームが長期化するので後手が挽回するチャンスも多い。先手必勝というのは、機先を制し、圧倒的な力で後手の敵を瞬殺する場合に有効になる言葉だと思う。いくら先手といっても、ダラダラとゲームを長引かせ、後手が十分な体制を構築するほどにこちらが無駄な手ばかりを指していては元も子もない。大事なのは、機先を制し、迅速に勝負を決すること。先手必勝には、一つ、速さという軸が大切になってくることを忘れてはいけない。

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